SHOKURO
SHOKURO
大地をディグる、魂のブルース。
表現者・山倉慎二が語り継ぐ、新潟亀田郷の米物語。

テーマ
「利己的な遺伝子」が拓いた米どころ
すべては生きるため、家族のため。先人たちの生存をかけた闘いが、泥の沼を日本有数の穀倉地帯へと変えた。
歴史をディグる、現代のストーリーテラー
多彩な顔を持つ表現者が、自らの足と感性で土地の歴史を掘り起こし、その物語を未来へ語り継ぐ。
「ライスペクト」に込めた誇り
米(Rice)と尊敬(Respect)。自らの仕事と土地への深い誇りが、食べる者の心を動かす。
基本情報
エリア | 新潟県新潟市亀田郷 |
---|---|
栽培方法 | 特別栽培米 |
品種 | コシヒカリ |
FARMER | 山倉慎二 |
風が、走る男の頬を撫でていく。
6月の越後平野。どこまでも続く広大な水田は、空の青と雲の白を映し出す巨大なキャンバスだ。そのあぜ道を、トレイルランニングシューズで軽快に駆ける男がいる。
SHOKURO代表、山倉慎二。
彼にとって走ることは、タイムを競うスポーツではない。思考を巡らせ、土地と対話し、自らの内なる声に耳を澄ますための、動的な瞑想。新潟という土地の記憶を、その歴史の地層を、足裏で感じながら掘り起こしていく。「ディグる」という行為そのものなのだ。
彼は農家であり、そして「表現者」だ。かつてブレイクダンスでフロアを揺らしたその身体は、今、トラクターを自在に操り、Podcastのマイクの前で淀みなく言葉を紡ぐ。プラットフォームは変われど、彼の根底を流れるものは同じ。自らの肉体と感性、そして言葉で、何かを伝えたい、表現したいという抗いがたい衝動だ。そのエネルギーが今、農業という壮大な舞台に向けられている。

彼が「ディグって」見つけたのは、この穏やかな風景の下に眠る、先人たちのブルースだった。『水と土と農民』。一冊の郷土史が、彼をこの土地の記憶の深淵へと導いた。彼が今立つこの亀田郷が、かつて「芦沼(あしぬま)」と呼ばれた、地図にさえ正確に記されなかった巨大な湖だった時代の物語。見渡す限り、泥と水と、天を突くように生い茂る芦だけの世界。腰まで浸かる水は人々の体力を奪い、わずかな作物を容赦なく飲み込んだ。身を切るような犠牲を払いながらも、人々はこの土地にしがみついた。
なぜか。
「結局、突き詰めれば自分のため、家族のためなんですよ」。
取材の場で、彼は静かに、しかし確信を込めてそう語った。その言葉は、まるで風に乗って運ばれてきた生命の真理のようだ。『利己的な遺伝子』の著者リチャード・ドーキンスが看破したように、生命を動かす根源的な力は、美しく飾られた利他主義ではない。それは、「自分自身のコピーを次代へ」という、極めてシンプルで、剥き出しで、そして抗いがたいほどに「利己的」なプログラムなのだ。誰かのため、社会のため、環境のため。そんな耳障りの良い言葉では、この泥と格闘し続けた魂の叫びは語れない。まず己が生きる、己の家族が豊かになる。その根源的な渇望こそが、結果として種を繁栄させ、生態系を動かし、そして人間社会の歴史を前に進めてきたのだと、彼は知っている。
芦沼に生きた人々は、ただ生きるために、自分の子に、孫に、泥ではなく乾いた土を、飢えではなく実りを残すために闘った。その、個々の家族の生存を願う「利己的」な思いの集合体が、途方もないエネルギーを生んだ。排水機という文明の利器を導入し、村中が一体となって水路を掘り、来る日も来る日も泥をかき出し続けた。それは何十年、いや、何世代にもわたる闘いだった。個々の農民が抱いた「自分の土地を良くしたい」という願いの総体が、結果として、この日本一の穀倉地帯という偉大な「利他的」な遺産を創り上げたのだ。

「この歴史を、先人たちのブルースを、俺は面白く伝えられる。子供たちに、そして農業を知らない人たちに」。
その言葉に、驕りや気負いはない。それは、この土地の記憶という重いバトンを、確かに受け取った者だけが持つ静かな確信だ。彼は、農家という仕事に、そして自分自身に、確固たる価値を見出している。それは「偉い」とか「優れている」といった単純な自己評価ではない。自らの仕事の持つ意味を深く理解し、それに誇りを持つこと。そうでなければ、この壮大な物語の語り部として、人々の心を動かすことはできないという信念だ。自らを信じ、その価値を堂々と表現することこそが、この土地と、名もなき先人たちへの最大のリスペクトになると考えている。
過去を知り、現在を生き、未来へ語り継ぐ。彼の人生は、この三つの時間軸を往復する旅だ。
「秋の夕焼けは素晴らしいんだよ。この黄金色の世界を、もっと多くの人に見せたいんだ」。
彼の語りは、自分の視点から始まる。「俺が楽しいって思うからやってるだけ」と屈託なく笑う。だがその語りは、決して一方通行ではない。子どもたちの反応を見て言葉を選び、地域の声を拾い上げながら軌道を微調整する。利己から出発して、インタラクティブに展開されるその姿勢は、むしろ共感を生む。彼が掘り起こした先人たちの「利己」が、結果として偉大な「利他」の遺産を築いたように、彼の「楽しい」から始まる表現もまた、多くの人々の心を動かし、地域への新たな視点を生み出していくのだ。
トラクターの上で、広大な田んぼのそばで、彼は誰に気兼ねすることなく歌を口ずさむ。それは、土と共に生きる者にだけ与えられた、何物にも代えがたい自由だ。ブレイクダンサーがビートを感じるように、彼は土のリズムと季節のビートを感じ、それを自らの表現に変えていく。
彼は今日も、マイクに向かうだろう。あるいは、カメラの前で語るのかもしれない。足元に広がる大地、その下に眠る数百年分の先人たちの遺伝子を感じながら。
ライスペクト――。
その言葉こそが、彼の掲げる旗印だ。米(rice)への尊敬(respect)。利己的な遺伝子の声に導かれ、この土地の未来を自らの表現で踊り続ける男の、魂のファンファーレのように、越後の風の中に力強く響き渡っていた。
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